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日別アーカイブ: 2019-05-08

史上最低の投票率の県議会に相応しい長崎県政史上最悪最低の瀬川光之議長が誕生する。

4月7日に行われた長崎県議会選挙だが投票率は史上最低の44%だった。

史上最低の投票率でも5月13日(月)には県議会の議長・副議長が選出される。

2年前、長崎県議会は議長の椅子を巡って、自民党長崎県連が揉めに揉めて御家騒動が勃発、とうとう自民党長崎県連が分裂するという事態にまで発展している。

平成24年にも自民党長崎県連は3派に分かれて分派したこともあったが、前回の分派と今回の分裂に共通するのは二人の大物国会議員が県政・県議会に異常な執念と強い関与を示した結果である。

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8年前(平成23年)、自民党内に自民党清風会(14人)を結成し、自民党を分派させた時も背後に二人の大物国会議員がいたことは誰でも知っている。

結果的に残った自民党議員6名(小林克敏・馬込彰・中山功・小森明人・宮内雪夫・野本三雄)は改革21と連立会派を結成して二人の国会議員の鼻を明かしてやったのは痛快だった。

そしてまた2年前(平成29年)、自民党長崎県連を分裂させたのも自民党清風会を名乗るグループ(瀬川光之一派)だった。

清風会と聞けば清々しい感じがするが、必ずしも清い風が吹いてるわけではない。

むしろ東京の方から吹いて来る饐えた臭いは清い風どころか、悪臭さえ漂わせている。

県政を私物化しようとしている二人の大物国会議員の走狗と言っても過言ではない。

その走狗集団ともいえる瀬川光之一派(14人)が、今回の議長選で改革21(9人)と野合の連立会派を組めば14人+9人で23人、共産党の堀江県議は「堀江ひとみ」に清き一票を投じ、一人会派の山田博司も議長選挙は蚊帳の外として、残り44票の過半数23でめでたく瀬川議長の誕生となる。

ただし、史上最低の投票率の県議会に相応しい長崎県政史上最悪最低の瀬川光之議長誕生ということになる。

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さ~山田ゴン太退治も一段落したことでもあるし、あとは最後の県政大掃除である。

船上の応援歌(江口満・書き散らし)

3泊4日の長崎~那覇~石垣島は飛行機に乗ってる時間が往復で約5時間の楽しい飛行機旅行である。
飛行機に乗ってる時の楽しみの一つが本を読むことである。
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私は面白かった本を何回も読む癖がある。

石垣行きの飛行機の中で何回も読んだ江口満さんの「書き散らし」(船上の応援歌)を読みながらホッコリした気分になっていた。

江口

今年の夏は江口満さんを沖縄や石垣島に招待したいと願っている。

そして敗軍の将に兵を大いに語ってもらいたいもんだ。

書き散らし(江口 満 著)

船上の応援歌

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舟木一夫が「高校三年生」でデビューした年に平戸の猶興館高校に入学した。

生月丸に揺られて約一時間の船旅。通い始めの四月、時化の時は「げーげー」と吐く日が続いたが、二週間もすると

慣れてきて、潮風が気持ち良い海上の道になった。

そんな四月中旬「一年生はみんな集合せろ」と三年生から命令がかかった。

約三十人の新入生が船尾に集合すると、破れ学生帽の番長らしき三年生が「帽子をとれ!これから応援歌の練習をす

る!よいか!」と「みよ猶興の健男児」と歌い始めた。

同級生の女の子はは上のデッキから、ニコニコしながら見ている。

恥ずかしそうに歌い始めると「声が小さい。前に出ろ!」とのお達しで、私を含め何人かが一歩前で大声で歌った。

以来、時化と期末試験日以外は毎日の応援歌通学。秋の体育祭では、担任から「生月の生徒は応援歌が旨い」とお

褒めをいただいた。それもそのはずだ。なにも好きで旨くなった訳ではない。

ちくしょう、三年生になったら俺達もやるぞと心に誓った。

当時三年生は天皇のような侵すべかざる存在だった。

授業が終わって船が出るまでの間、上級生達は崎方公園でタバコを吸ったり彼女と歩いたりとしていたのに、新入

生には厳しかった。

十年が過ぎ、県庁に入って建設関係の許認可の担当になった。

ある日、「○△建設ですけど、申請書を持ってきました」という男性の声に振り向くと、あの時の番長の顔だっ

た。とっさに直立不動の姿勢になった。と同時に、我々の天皇のあまりに低姿勢に驚いた。

秋になると東京オリンピックが始まった。

運悪く中間選挙が重なったが、船上通学生は勉強などそっちのけで世紀の祭典に夢中だった。

三宅義信の重量挙げや東洋の魔女のバレーを船が揺れるたびにザーザーと音をたてるテレビを見た。

高校を出て35年。生月に橋が架かり、高校の制服が変わり、プールの代わりだった白浜の防波堤が埋め立てら

れ、すっかり時代は変わったが、高校の想い出となると真っ先に出てくるのは、船上の応援歌である。

                                      (2002年3月)

江口満少年がどんな顔をして「みよ猶興の健男児」を船上で歌っていたのか、想像するだけでも楽しい。

中学しか出ていない私にはこんな微笑ましい想い出がないから、ほんとに羨ましい。

今度生まれて来るとしたら、生月の番長に生まれ、生月丸の船尾のデッキの上に立ち、「みよ猶興の健男児」を歌

う江口満の顔を見たいもんである。「ちくしょう」。