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戦いすんで日が暮れて!(西海市)

投稿者=みのしまりんぺい

さいかい時事新報

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田中隆一が西海市長の座から滑り落ちて1月半近くが経過した。

戦いすんで日が暮れた直後、田中隆一は恋女房に手をあげた。

モンスター夫のDV(ドメスティックバイオレンス)によって、明美夫人は目元をパンダのように黒く縁取られ、見るも無残な人相になった。

急遽、息子の家に疎開した。

「お前が金のことであれこれしゃべりまわるけん、俺は選挙に落ちてしもうた!」

と、田中隆一はもって行き場のない怒りを明美夫人に向けたのだった。

事情通によれば、金のこととは、選挙を切り盛りする明美夫人が3月23日、親和銀行大串支店を訪れ、持参してきた山のような札束を積み上げ銀行員に数えさせ入金した、そのことを指すらしい。

男が妻や恋人にふるう暴力、すなわちドメスティックバイオレンスの典型な実例である。

選挙期間中、田中隆一候補は劣勢に陥った陣営をどうにか立て直そうと、「杉沢の方には暴力団がついている。向こうが当選したらこの西海市は暴力団の政策で泣く目をみることになる」と根も葉もない作り話をでっち上げ、選挙民にアピールした。

結果、落選したのは皮肉にもDV犯の田中隆一本人であった。

田中隆一の息子がメシを食べに誘っても隆一は応じようともしない。

ちなみに、ここで訂正しておくが、かねて弊紙が田中御殿と写真付きで紹介していた家が、実は意外にも安普請の息子の家で奥の方の古い百姓家と納屋が田中隆一の本拠地であった。

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同じ敷地内で田中夫婦は別居し、夫隆一は独りで住み、人を呪い、70歳にもなるのにまるで幼児みたいにすねながら無聊をかこっているのである。

田中隆一は敗戦の腹いせを、事あるごとに周囲の人々に当たり散らし、田中陣営の大幹部山田守(上岳郷喰場区長・西海市区長会会長兼務)に対しては血道をあげて田中隆一を応援していたにもかかわらず、今では対立候補の回し者のように吹聴しているという。

地方自治法では区長という身分は特別公務員にあたり、特定候補の運動をしたら即逮捕という有給の役職である。

山田守の今回の選挙運動については、当然ながら公職選挙法違反という罪名が適用され検挙、投獄と同時に前科がつくのである。

「山田ば逮捕しきらん西海署も情けんなか。こやつば逮捕できん警察はほんなこて要らんばい」と多数の選挙民が憤っているのである。

西海署が長崎県警の吹きだまりと揶揄される所以である。

西海市長選挙、現職の田中隆一氏は敗れるべきして敗れ去った

西海市長選、現職田中氏敗れる
http://jijitsuushin.sankei-mrt.co.jp/?p=221

キム
当選した杉澤泰彦氏

田中市政の継続か刷新かを最大の争点に争われた西海市長選は、新人の杉澤泰彦氏(64)が10,808を獲得、現職の田中隆一氏(70)の7,784票に、3000票以上の大差をつけて圧勝した。

田中氏は平成21年(2009)4月20日に行われた市長選では再選を目指していた現職の山下純一郎氏(当時69歳)に88票差の僅差で競り勝っていたが、今回の選挙では3000票以上の大差をつけられての敗北だった。

平成21年(2009)4月20日の選挙では現職の山下純一郎氏が11,098票、新人の田中隆一氏(当時62歳)11,186で88票差での薄氷を踏むような勝利だった。

田中隆一氏が当選した平成21年(2009)4月20日頃といえば、マスコミが詐欺的に民主党による政権交代という悪魔的、かつ甘美な囁きで国民を欺いていた時だった。

そういう観点でいえば、田中隆一市政というのは詐欺的なマニフェストによる幻想でマスコミと一体になって国民を欺いた民主党政権の徒花(あだ花)だったわけである。


敗れた田中隆一氏

その何よりの証拠が、今回の選挙で田中氏は7,784票しか獲得できず、初当選の時の票から3,402票も減らしている。

民進党の低支持率と見事に調和している。

3,402票という票数こそ、民主党による政権交代という甘美な誘惑による快感から目覚めた有権者の徒花(あだ花)の数である。
(日刊セイケイ・長崎浪人・中山(小六)洋二)